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最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)52号 判決 1970年6月11日

上告人

有限会社明時木箱

上告人

安助秀雄

右両名代理人

堀合辰夫

小嶋正巳

被上告人

鈴木正

代埋人

礒部保

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人堀合辰夫、同小嶋正巳の上告理由について。

本件記録によれば、本訴請求原因に関する被上告人の主張について、つぎの事実が認められる。

第一審における請求原因は、要するに、「被上告人は、従来、許外千葉県販売購買農業協同組合連合会(以下「速合会」という。)に農産物包装用木箱類を納入していた上告会社から、会社の都合で納入できなくなつたので上告会社に代つて納入してほしい旨の依頼を受けた結果、連合会との間に、昭和四一年四月一日以降被上告人において右木箱類を売り渡す旨の契約を締結し、同日から同年六月一七目までの間に、連合会の注文を受けて、合計八二万四八一〇円相当の木箱類を納入した。なお、右取引については、連合会の取引機構上、表面的には上告会社と連合会との取引名義にしてほしいということであつた。そして、上告会社およびその代表取締役である上告人安助は、被上告人に対し、被上告人が上告会社名義で連合会に商品を納入するかぎり、その販売の代金の支払につき連帯して保証する旨を約した。よつて、上告人らに対し前記売掛代金の残額金四二万八一〇円につきその支払を求める」というにあつた。

これに対し、原判決に摘示された請求原因は、要するに、「上告会社は、従来、連合会に対して農産物包装用木箱類を納入してきたが、会社の都合で納入ができなくなつたとして、被上告人に対し、代金は上告会社において被上告人に支払い、上告会社の代表者たる上告人安助が右代金債務について個人保証をするから、昭和四一年四月一日以降上告会社の名義を用いて被上告人から連合会に木箱類を納入してもらいたい旨依頼したので、被上告人は、これを承諾し、前同様の期間内に合計八二万四八一〇円相当の木箱類を連合会に納入したが、右代金のうち四二万八一〇円についてはいまだその支払を受けていないので、上告人らに対しその支払を求める」というであつて、右請求原因の記載は、原審第二回口頭弁論調書に被上告人の陳述として、「本件取引において、木箱の納入は、控訴(上告)会社名義でなし、被控訴(被上告)人に対する代金の支払義務は、上告会社において負担する約定であり、控訴(上告)人安助は右債務について連帯保証をした。よつて、右約定に基づいて代金の支払を請求する。」旨記載された被上告人の主張に基づいてなされたものであることが明らかである。

そして、原判決は、上告会社および上告人安助は、上告会社において被上告人を下請けとして使用することにより、連合会に対する木箱類の納入を継続するため、被上告人との間に右請求原因記載の内容の契約を締結し、被上告人は、連合会から注文を受けた上告会社の指図により、木箱類を連合会に納入したものと認定して、被上告人の請求を認容すべきものとし、上告人らの控訴を棄却した。以上のとおり認められる。

ところで、所論は、原審第二回口頭弁論期日における被上告人の前記陳述内容は、原裁判所が被上告人に対し釈明を求めた結果なされたもので、その釈明に対し、被上告人の訴訟代理人は、「そのとおりである」旨を陳述したにとどまるが、このような釈明権の行使は、著しく公正を欠き、釈明権限の範囲を逸脱したもので、右釈明の結果に基づいてされた原判決は違法であるという。

原審における被上告人の陳述が、所論のように原裁判所の具体的な示唆に基づいてされたものであるかどうかは、本件記録によつていずれとも断定することができないけれども、かりに被上告人の陳述が所論のような経過でされたものであるとしても、つぎに述べるとおり、原審の措置が釈明権行使の範囲を逸脱するものとして、原判決に違法を生ずるものということはできない。

釈明の制度は、弁論主義の形式的な適用にいる不合理を修正し、訴訟関係を明らかにし、できるだけ事案の真相をきわめることによつて、当事者間における紛争の真の解決をはかることを目的として設けられたものであるから、原告の申立に対応する請求原因として主張された事実関係とこれに基づく法律構成が、それ自体正当ではあるが、証拠資料によつて認定される事実関係との間に喰い違いがあつて、その請求を認容することができないと判断される場合においても、その訴訟の経過やすでに明らかになつた訴訟資料、証拠資料からみて、別個の法律構成に基づく事実関係が主張されるならば、原告の請求を認容することができ、当事者間における紛争の根本的な解決が期待できるにかかわらず、原省においてそのような主張をせず、かつ、そのような主張をしないことが明らかに原告の誤解または不注意と認められるようなときは、その釈明の内容が別個の請求原因にわたる結果となる場合でも、事実審裁判所としては、その権能として、原告に対しその主張の趣旨とするところを釈明することが許されるものと解すべきであり、場合によつては、発問の形式によつて具体的な法律構成を示唆してその真意を確めることが適当である場合も存するのである。

本件についてこれをみるに、前述したところによれば、被上告人の主張は、当初、上告人らが被上告人と連合会との間に成立した本件木箱類についての売買契約上の代金債務を連帯保証したものとして、上告人らの負担する右保証債務の履行を求めるというにあつたところ、原審第二回口頭弁論期日における被上告人の陳述によつて、その主張は、本件木箱類の売買契約は上告会社と連合会を当事者として成立したことを前提とし、被上告人と上告会社との間で、右契約に基づき上告会社がなすべき木箱類の納入を被上告人が代つてなし、上告会社はその代金相当額を被上告人に支払う旨のいわば一種の請負契約が成立したものとして、上告会社に対しては右請負代金の支払を上告人安助に対しては右請負代金についての連帯保証債務の履行を求めることに変更されたものと解されるから、その間には請求原因の変更があつたものというべきである。しかし、本件記録によると、第一審以来の訴訟の経過として、被上告人は、本件で連合会をも上告人らの共同被告として訴を提起し、連合会が本件取引の相手方であることを主張して前示請求原因のもとに売掛代金の支払を求めたところ、第一審は、被上告人と連合会との間に直接の契約関係が成立したことを否定し、被上告人による木箱類の納入は連合会の上告会社に対する注文に基づいて上告会社の下請的立場でなされたものにすぎないものと認定し、連合会に対する右請求を棄却したが、被上告人からの控訴はなく、第一審判決が確定したこと、しかし、上告人らに対する請求については、上告人らは、被上告人に対し、被上告人が上告会社の名において連合会から代金の支払を受けられることを保証したもので、被上告人の請求をそのような約束の履行を求める意味に解すれば正当であるとして認容したので、上告人らは右第一審判決に対して控訴し、本件が原審に係属するに至つたこと、上告人ら訴訟代理人は、原審第二回口頭弁論期日において、すでに事前に提出してあつた証拠申請書に基づき、上告人安助の本人尋問を申請したが、その尋問事項の一には、「控訴人安助が控訴会社の保証人または連帯保証人になつた事実のないこと」について尋問を求める旨の記載があり、上告人安助自身においても、すでに自分が上告会社の負担する債務を保証したことをも積極的に争う態度に出ていたことが窺われることなどが認められるのであつて、このような第一審以来原審第二回口頭弁論期日までの訴訟の経過に照らすと、右口頭弁論期日における被上告人の陳述内容が原裁判所のした所論のような釈明の結果によるものであるとしても、その釈明権の行使は、事実審裁判所のとつた態度として相当であるというべきであり、原審に所論釈明権行使の範囲を逸脱した違法はないものといわなければならない。それゆえ、右の違法を前提とする論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(大隅健一郎 入江俊郎 長部護吾 松田二郎 岩田誠)

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